分離不安症

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4月の初めから張りつめていた気持ちがそろそろ限界にきて、身体の調子も気分的にも下降気味になるのが5月です。ちょうどそんなときに訪れるGWは、4月に頑張って疲れたこころと身体をリフレッシュするいい機会ですね。とはいえ、長く休むと現実世界に戻りづらくなり、連休明けに「なんとなく気が乗らない、学校に行きたくない」という気持ちになってしまった経験は、誰でも一度はあるでしょう。それでも多くの人は「まあ、仕方ないか」と仕事や学校に向かうのですが、どうしても前に進めなくなる場合もあり、とくに小学校低学年くらいの子どもでは「行きたくない!」と大泣きし、お母さんにくっついて離れなくなることがあります。そのように、自分が安心できる人から離れられなくなる状態を「分離不安症」といいます。

人(に限らず動物)は、不安になったとき、自分が安心できる相手に密着することで安心を得ようとする性質があり、それを「愛着(アタッチメント)」と言います。つまり、元気がなくなったり不安になったりしたときに、誰かにそばにいてほしいと願うのは、人として当然のことなのです。乳幼児だけではなく、思春期くらいの子どもでも、突然、親のベッドに潜り込んでくることがあります。そんなときには、何かに不安を感じているということですから「中学生にもなって親と一緒に寝たがるのはおかしい、甘やかしてはいけない」などと突き放すことなく、十分に甘えさせてあげましょう。むしろ、そうやって受け入れてあげることで、子どもは安心して学校に行けるようになるのです。

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「行き渋ってぐずる子どもをなだめすかして準備させ、学校まで車に乗せて連れていっても、子どもは車からなかなか降りようとしない、先生たちに駐車場まで来てもらい、やっとのことで引きずり降ろして教室まで連れていこうとするのに、どうしてもお母さんから離れようとしない...」分離不安症とは、こんな状態です。

そんなとき、とにかく引き離してお母さんに帰ってもらい、教室に連れていくと、さっきまでの騒ぎは何だったのかというように淡々と教室で過ごせる子どももいます。「甘やかすことなく、無理やりでも引き離した方がいい」という意見は決して間違いではなく、不安定さがそれほどひどくない子どもの場合には、それが最も効果的な対応となります。ただし、いつもそれが正解というわけでもないのが難しいところです。

無理やりの対応を続けていると、だんだんと情緒不安定さがひどくなる子どももいます。学校では淡々と過ごしているようでも、家に帰るとイライラして弟や妹にあたったり、ちょっとしたことで泣いたりするようになり、朝のぐずりもひどくなっていきます。そんな子どもを叱りつけて準備をさせ、無理やり学校に連れていく毎日を続けていると、お母さんの方もだんだんと気持ちがすり減ってしまうのです。「お母さんが離れてくれさえすれば、学校ではちゃんとしているから大丈夫です、甘やかさないでください」と先生は言うけれど、甘やかしている私が悪いのだろうか、決して甘やかしているつもりはないんだけど...そう考えながら、お母さんは先生から責められているように感じて、どんどん辛くなってしまいます。

そんなときには方針を切り替えて、無理なく毎日続けられることを続けていくようにした方がよいでしょう。不安な気持ちはショック療法では治りません、ヘビが嫌いな人に無理やりヘビを握らせたら、ヘビが怖くなくなるわけではないですよね。通常、不安は少しずつ慣らしていくようにするものです。お母さんから離れないのなら、お母さんと一緒に保健室でしばらく過ごして教室にあがる、お母さんと一緒に教室に行き、横にいてもらって授業を受ける、お母さんに教室前の廊下にいてもらうなど、可能な範囲でつきあってもらうようにします。そして、時間をかけて少しずつ離れる時間を長くしていくのです。うまくいけば、ずっとお母さんから離れられなかった子どもが、休み時間はお母さんのことを忘れて友だちと遊べるようになり、はじめだけ顔が見えていれば、途中でお母さんが帰っても大丈夫になり、次には朝から送ってさえあげれば学校で過ごせるようになる...このように少しずつ段階を踏んで回復していきます。

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このような対応が必要になるのは、通常よりも敏感で、不安になりやすい子どもが多いようです。そして、このような子どもたちはちょっとしたことで不安が増強するので、ステップアップを焦らず、子どもの様子をしっかり観察しながら少しずつ離れていくようにすることが大切です。とはいえお母さんにも仕事があって、いつまでも付き合うわけにはいかない、そんな現実もありますから、そこのところはちゃんと親子で相談して、我慢するところは我慢してもらうようにします。「お母さん(お父さん)もできるだけ頑張るから、あなたも頑張ってほしいな...」という真剣なやりとりが、子どもを成長させます。親の都合だけを押し付ける早急なステップアップは逆効果です。また「甘やかしすぎ」という無責任な周囲の言葉に惑わされるのも禁物です。そうやって焦らずに対応していくと、多くの例で、数ヵ月以内には改善していきます。

ときに通常よりすごく時間がかかる子どもがいますが、そういう場合には、単に性質としての不安の強さだけではなく、能力的な問題など、なんらかの発達特性をもっているか、乳幼児期の生育環境のなかで大きな愛着の問題を抱えている可能性があります。また、ときにはお母さんの方の不安が強く、子どもから離れられないということもあります。分離不安というのは、実は子どもの不安とともに、養育者側の不安でもあるのです。

著者

長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 小柳憲司
著者 小柳憲司(コヤナギ ケンシ)
所属・役職 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師
専門領域 小児科学、心身医学
主な著書 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社)
学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社)
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