場面緘黙(かんもく)について

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学校時代、クラスで全然しゃべらない子っていませんでしたか?先生から指名されても、もちろん何も発言しないし、クラスメイトが話しかけてもしゃべらない。当時は「なんて大人しい子なんだろう...」と思っていましたが、そのような子どもを「場面緘黙(症)」といいます。

場面緘黙の子どもたちは、別にしゃべれないわけではありません。家に帰ると、家族とは普通にしゃべっているのです。でも、家から一歩でも出ると、家族ともあまりしゃべらなくなります。家族以外でも、小さい頃から知っている従兄弟(いとこ)とか、ごく一部の仲良しの子とは、おしゃべりができる場合もあります。学校でも、まったくしゃべらない子から、小声でならしゃべる子、逆にしゃべらないだけではなく、鉛筆も持たない、給食も食べない、トイレにも行かないという感じで、誘導しないと一切動かないような子もいます。

どうしてそんなことになるのか、子どもの本当の気持ちはわかりませんが、おそらく非常に強い対人緊張があるのは確かだと思います。面と向かうとすごく緊張してしまうのです。わけがわからず緊張するというのもあるでしょうが、何か言ったとき、相手から「は?なにそれ」みたいに言われたらどうしようとか、どう反応されるかわからないから怖いとか、そんな不安があるのかもしれません。このような子どもたちの固まり方は半端なく、「答えなさい、答えるまで立っていなさい!」と言われると、本当に何時間でもそこに立ち尽くしていたりするのです。通常考えられるより、ずっと強い緊張があるのだと思います。

そのような不安・緊張のベースにあるのが何なのかですが、不安・緊張が強い性質のみが影響している場合と、発達上の問題が影響している場合とがあります。発達上の問題として考えておかないといけないもののひとつが知的障害です。周囲と比べて能力的にやや劣る子どもさんだと、クラスメイトの話や動きのスピードについていけず、急かされるとさらに何もできなくなってしまい、固まってしまうということになりがちです。

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実際、小学校の頃、場面緘黙症といわれていて、年齢が上がって知能検査をしてみたら知的障害があったという人は少なくありません。とはいえ、ここにはひとつ落とし穴があります。場面緘黙の人は慣れない場面では固まってしまうので、当然、検査場面で初めて会う心理士さんとは上手くしゃべれません。そうすると、検査で子どもの能力を適正に測定できないのです。知能検査の値が低く出るのが、的確に表現する能力自体が低いのか、緊張しているから上手くできないのかはよくわかりませんが、実際よりも能力が低く判定されていることは十分あり得ます。もうひとつが自閉スペクトラム症です。相手の感情の読み取りが難しいことから、対人不安が過度に強くなったり、対人面の失敗経験が自己表現を難しくしたりして、そこに自閉スペクトラムならではの新規場面の苦手さやこだわりが重なって、慣れた場面以外では固まるという現象が起きてしまいます。

知的な問題や自閉スペクトラムの存在について判断するためには、小さい頃からの発達の過程を詳しく聴いたり、家庭での様子を確認したりすることが大切です。ただし、これも「家では普通にしゃべっています」という家族の言葉の「普通に」がどの程度なのかに注意が必要で、家族は「普通」と考えていても、実は決して普通ではなかった...ということもしばしばあります。

場面緘黙症は、家族が気にして受診されることもありますが、より多いのは、学校の先生から勧められて受診するパターンです。先生方としては「こんなに自己表現できない状態でよいわけがない、何かしてあげないと」という気持ちで病院受診を勧められるのだと思います。「高校入試では面接があるのに、こんな調子では面接が突破できない」と心配されることもあります(実際には、大事な面接のときなどはしっかりしゃべっている子も多いですが)。

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しかし、受診したとしても、病院で「しゃべれるようになること」を治療目標にするわけではありません。しゃべれないのを無理やりしゃべらせようとしても、子どもは苦痛なだけです。特別な薬や訓練があるわけではないのです。それよりも、子どもが気持ちの負担なく学校に行けるようになることをめざします。しゃべらないならしゃべらないなりに、その子ができる自己表現をすすめます。

絵を描いたり楽器を演奏したりするのが得意なら、しゃべることよりも、むしろその力を伸ばして自信をつけさせるようにすればよいでしょう。返事や発表を強要するなど「しないと許さない」というような対応はNGです。そうやって学校に行き、集団生活を続けてくれさえすれば、子どもは少しずつ成長し、高校生になり、大学に進学し、就職していくうちに、いつの間にか知らない人とでもしゃべれるようになります。小

学生の頃、場面緘黙で受診していた子どもさんが高校生くらいになって久しぶりに受診したら、平気でしゃべるようになっていた、ということはしばしばあるものです。もちろん経過は人それぞれですが、年齢を重ねるとともにいろんなことが気にならなくなるというのは本当のようです。ただし、成長を促すためには、何らかの形で社会生活を送り、人との関わりを続けていくことが必要です。たとえしゃべらなくても、家に引きこもらず、積極的に外に出て、いろんな人と同じ時間と場所を共有できるようにしていきたいものですね。

著者

長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 小柳憲司
著者 小柳憲司(コヤナギ ケンシ)
所属・役職 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師
専門領域 小児科学、心身医学
主な著書 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社)
学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社)
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