過呼吸(過換気)症候群
激しい運動をしたら息があがることは、誰もが知っていますよね。急に走ったり、階段を上ったりしたら息苦しくなって、ハアハアと呼吸は荒くなってしまいます。しかし、苦しさはしばらくするとおさまるので、呼吸も自然と落ち着いていきます。激しく身体を動かすと血液中の酸素がどんどん使われ二酸化炭素が多く発生するので、その二酸化炭素を排出するために呼吸が激しくなるのです。このような働きは、脳にある二酸化炭素センサーが血液中の二酸化炭素濃度の変化を検知して、呼吸を調整することで起こります。過呼吸症候群とは、この二酸化炭素センサーの働きがおかしくなり、荒い呼吸が止まらなくなることによって起こります。
荒い呼吸が止まらなくなると、血液中の二酸化炭素が肺からどんどん排出されます。そうすると血液がアルカリ性に傾き、血液中のカルシウムイオンが減少し、筋肉が硬直したり痺れたりします。また、脳の血管が収縮して脳血流が減少し、頭がボーッとなります。そして、最終的にはけいれんしながら意識をなくして倒れてしまうのです。
このような過呼吸発作がいちばん起こりやすいのは、激しい運動の場面です。持久走やバスケの試合中に発作を起こして倒れたクラスメイトを一度くらいは見たことがあるのではないでしょうか。しかし、過呼吸発作はそれだけではなく、叱られたり辛いことがあったりして、ひどく泣いたときなどにも起こります。つまり、もともと呼吸が荒くなるような状況があり、それに気持ちが不安定になるような要因が加わると起こるのです。
発作中、発作を起こしている当人は、激しく息をしているはずなのに、息苦しさを感じています。いくら息をしても、ちっとも空気が入っていかない感覚(=空気飢餓感)があって「苦しい!」と訴えるので、周りの人はすごく心配になりますし、意識を失ったりけいれんしたりすると、とても見ちゃおれない感じになってしまいます。だから、あわてて救急車を呼んで病院に搬送してしまうのですが、実は、いくら苦しがっても、けいれんをおこしても、それで命を落としてしまうことはありません。むしろ、周囲があわてて大騒ぎをすればするほど本人も不安になるので、何があっても「救急車は呼ばない」に徹するのが正解です。
発作時には、周囲があわてず「大丈夫だよ、落ち着いて」と手を握ったり、背中をさすったりして様子を見るのが適切な対応です。そうすれば、時間はかかってもかならず発作は落ち着きます。何か特別な手段をとれば発作が早くおさまるというわけではないので、結局はそうやっておさまるのを待つしかありません。
ひと昔前までは、ペーパーバック法といって、紙袋を口に当て、吐いた息を再度吸わせる方法が勧められていました。吐いた空気は外気よりも二酸化炭素濃度が高いので、それを再吸入すると二酸化炭素濃度が早く上昇するからよいと考えられていたのでしょう。しかし、この方法はやりすぎると窒息死してしまうこともあり、現在ではむしろ禁忌(=してはいけない)とされています。実際、その方法に効果がなかったわけではないのですが、それは二酸化炭素濃度が早く上昇したからか、紙袋を口に当てて再呼吸するという「お作法」が「それをすれば治る」という安心につながったからか、よくわからないというのが正直なところです。
単発の過呼吸発作は、そのときに適切な対応をすれば何の問題もありません。問題となるのは、発作が繰り返し起こるようになることです。部活中に何らかのきっかけで過呼吸発作を起こしたら、それ以来「また発作が起こるんじゃないか?」と不安になって、部活に行くたびに発作が起こるようになってしまった、などというケースはしばしばみられます。また、過呼吸発作は集団の中で、まるで(過呼吸ウイルスによる)感染症のように連鎖することもあります。「自分もあんなになるかもしれない」という不安から、発作の様子を見ていた子どもが情緒不安定になって発作を起こしてしまうのです。一部には、みんなから介抱され運ばれていくクラスメイトの姿を見て、「自分もみんなにやさしくされたい」という気持ちから発作を起こしてしまう場合もあります。
発作が起こったときに大騒ぎして救急車を呼んでしまうような対応が、当人および周囲の不安を増強し、症状の増強と波及を引き起こしてしまうため、周囲が「過呼吸は情緒不安定になるとあたりまえに起こる反応であり、決して危険な状態ではない」という意識をもち、落ち着いて対応することが大切です。それによって不安の連鎖を防止し、発作を収束させることができるのです。
過剰な不安は、人間の生活のいろんな場面で悪さをします。不安は危険を回避するために必要な感情ですが、強すぎると過呼吸に限らずさまざまな問題を引き起こしてしまいます。不安の強さは個人個人の性質と、これまでの生活体験に左右されますが、「自分はいろいろと気にしすぎだ」と思う人は、自分に対して常に「気にしない、気にしない」と言い聞かせるようにしてみましょう。人の気持ちはそれだけでも微妙に変わります。だまされたと思って試してみてください。
著者
著者 | 小柳憲司(コヤナギ ケンシ) |
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所属・役職 | 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 |
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師 | |
専門領域 | 小児科学、心身医学 |
主な著書 | 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社) 学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社) |
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