変換症(転換性障害)と解離

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前回のおわりに少しお話ししたように、身体的には何も異常が見当たらないのに「見えない」のような感覚器症状を呈するものを変換症(転換性障害)といいます。この「見えない」は「聞こえない」の場合もありますし、「歩けない」「力が入らない」「声が出ない」という神経や筋肉の動きにまつわる症状のこともあります。「ストレス状況で声が出なくなる」という話はよく聞きますよね。心身症は、頭痛や腹痛、嘔気、めまいなどの身体症状(具合の悪さ)が中心で、その症状を引き起こすであろう何らかの身体疾患の存在が想定されるのですが、変換症(転換性障害)は、このような身体疾患がないのに症状が出現するという「不合理性」が特徴です。

子どもの変換症(転換性障害)では「突然足が動かなくなった」とか「足が痛くて歩けない」といった歩行に関わる症状がよくみられます。徐々にしびれて動かなくなるという訴えがあると、医者としては、まず神経や筋肉の病気を考えないといけません。それでいろいろと検査をするのですが、何も異常が見つからない、そんなときにこの疾患を考えます。「そんなことあるの?」と思うかもしれませんが、これがけっこうあるのです。よく聞くと「学校でうまくいかないことがあって、行きたくないなと思っていた」とか「運動会やマラソン大会で走るのが嫌だった」とか、ストレスにまつわる話が聞かれます。

「症状があることでオトクがある」という疾病利得の存在は、変換症(転換性障害)の特徴です。症状の存在によって、嫌なことが避けられるというわけですね。このような直接的なオトクさだけでなく、「車椅子に乗っていればみんながやさしくお世話してくれるからうれしい」という、承認欲求に関わるオトクさもあります。いずれにせよ、いろんなストレス状況を、症状を出すことによってかわそうとしているわけです。これが意識的(わざと)であれば仮病(詐病)ですが、変換症(転換性障害)では無意識にそうなってしまっていて、子ども自身も戸惑っているのが不思議なところです。

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このような変換症(転換性障害)のひとつに、心因性非てんかん性発作(PNES)といわれるものがあります。てんかん(エピレプシー)は、脳内で異常な放電が生じるためにけいれん発作を繰り返すものですが、そのような異常放電はないのにけいれん発作を起こすものです。発作はあるのに脳波検査をしても引っかからないということから診断されます。当初からてんかんは否定されている場合も、もともとてんかん発作があり、最近発作がすごく増えたと思ったらこれが混じっていたという場合もあります。プレッシャーがかかる状況になると発作が起こり、それはコントロールできません。いつ発作が起こるかわからないので、ひとりで登下校もさせられない。自由に遊びにも行けない。水泳も危険。年齢が上がると運転免許の取得に制限がかかるなど、疾病利得より不利益の方が大きいはずなのに、なぜか発作は止められません。本人はとても困っているのです。

ストレス状況になると意識を失ってしまう子どももいます。失敗したり悪いことをしたりして先生からガンガン怒られる、その怒られている場面で堂々と寝てしまうのです。先生は「何をふざけているんだ!」とさらに激昂するでしょう。しかし、その子にとってみたら、先生から頭ごなしに怒鳴りつけられる状況が耐えられず、その現実から逃げ出して自分のこころを守るためには、意識を失うしかないわけです。このような反応を「解離」といい、意識を失うだけでなく、必要なことを思い出せなくなる(解離性健忘)、別人格になる(解離性同一性障害)、自分が自分でないような感じになる(離人症)など、さまざまなタイプがあります。解離も意識状態が変容することで現在のストレス状況を回避できるという点で疾病利得が認められ、変換症(転換性障害)と似たようなものだといえます。

解離は、虐待や性暴力を受けた経験など、子どもにとって耐えがたい状況があり、それから自分自身のこころを守るために、その子が無意識に身につけたストレス回避の方策だと考えることができます。しかし、そうせざるを得なかったとはいえ、このようなストレス回避がこころの健康によいわけがありません。

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子どもの中には「自分の中に何人か自分とは別の人がいて、その人たちと話したり、自分の中の人同士でしゃべったりしている」と話してくれる子がいます。これは、解離や多重人格ではなく「イマジナリーフレンド」と呼ばれるものです。もともと、人は「自分は○○である」と確固としたものがあるわけではなく、相対する感情をもつこともしばしばある、すごく曖昧な生き物です。人は、そのような曖昧さを大人になるにつれて徐々に受け入れられるようになるのですが、子どもの時期はよく理解できずモヤモヤするので、自分の中にあるいろんな気持ちを「別の人」として表現しているのかもしれません。

変換症(転換性障害)や解離は、子どもにとってお手軽なストレス回避法ではあるのですが、症状は無意識に生じるものなので、固定化すると、結果的にはその症状に振り回されるようになってしまいます。そのため、症状を固定化させないようにしなければなりません。大切なのは「症状の存在がオトクである状況をなくす」ことです。けいれんを起こして倒れたとき、初めてであれば病院に搬送し検査を受けることが必要ですが、一定の検査を受けて異常がないと判明したら、慌てて大騒ぎして救急車を呼ぶようなことは極力避け、静かに見守るようにします。過呼吸症候群のときと同じですね。歩けないときには、関節が固まったり筋肉が萎縮したりするのを防ぐためリハビリを継続しながら、できるだけ足を使うよう指示します。車椅子より松葉づえを使うようにするだけで全然違います。症状が持続する場合には、入院が事態を打破するきっかけとなることもあります。「歩けるようにならないと退院できないよ」と目標を立てると、早く退院したいと思えばどんどん歩けるようになるわけです。もちろん、家に帰りたくない事情があれば逆効果ですが。

変換症(転換性障害)や解離の治療において大切なのは、そのような短期的な症状の改善だけではなく、人としての成長発達を促すことです。それがないと、一時的に症状が改善しても、また何かストレス状況に陥ると症状を繰り返すようになってしまいます。いろんな体験を通じて自信をつける、自分を認めてくれる人、信頼できる人と出会う、そのような経験が子どもを成長させます。周囲の大人は、そのような子どもの活動を妨げないようにしたいものです。また、子どもが過度なストレスをため込まないようアドバイスをすることも大切です。症状が再発したときは、それを気づかせるよいタイミングです。「こういう状況になるといつも症状が出るよね、そろそろ何が自分にとって辛いことかを理解して、無理せず生きていけるようになろうよ」と促していくのです。そのような働きかけを通じて、子どもが自分にとって無理のない生き方を選択できるよう導いていくことが、大人の役割だと思います。

著者

長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 小柳憲司
著者 小柳憲司(コヤナギ ケンシ)
所属・役職 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師
専門領域 小児科学、心身医学
主な著書 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社)
学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社)
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