過敏な子(HSC)について
今回は、発達障害とはちょっと違うけど、似たような病態についてお話しします。
最近、HSCという言葉をネットなどでよく目にするようになりましたが、ご存じですか。これは、Highly Sensitive Child すなわち「極度に過敏な子ども」という意味です。「過敏さ」というのは、いわゆる感覚過敏というだけではなく、いろんなことを過剰に気にするために不安・緊張が強いということでもあります。すごく「ビビり」で「気にしい」の子どもは以前から存在していました。多くの人があまり気にも留めないことまでいろいろと考えすぎて辛くなってしまい、疲れて学校に行けなくなる、そんな感じの子どもです。少し前なら「不安が強い子なんだね」で済んでいたのですが、HSCという言葉が有名になると、なんだか特別なことだと感じてしまうのが不思議なところです。
感覚過敏というのは、自閉スペクトラム症のところでも述べましたが、感覚の調整障害によって、通常なら感じないような刺激まで強く感じとってしまうものです。人は周囲の状況を五感で感知しながら生活しているのですが、周囲から来るいろんな刺激をそのまま受け取るのではなく、自分にとって必要な刺激を脳があらかじめ取捨選択しています。刺激を受け取る段階で取捨選択できないと、私たちは刺激による情報の海にのまれてしまうのです。そうならないような脳の機能があるのですが、発達障害の子どもたちは脳機能の問題があり、これがうまくいきません。
よく聞かれるのが聴覚過敏で、これは大きな音がすごく大きく聞こえて自分に突き刺さるように感じてしまったり、小さな環境音まで聞こえすぎて、聞き取る必要がある人の声などが聞こえなくなったりするものです。小学校の頃、担任の先生がラジカセの内蔵マイクを使って教室で喋る自身の声を録音して、次のように説明してくれました。「話している人の声は、聞こうとしたらはっきり聞こえるけど、録音したら周囲のザワザワした音にかき消されてあまり聞こえなくなるでしょう?」ラジカセの内蔵マイクは音の取捨選択をしないので、雑音をいっぱい拾ってしまうのです。先生は「集中して聞きなさい」という意味で言われたのでしょうが、これこそ脳の取捨選択機能に問題が生じた聴覚過敏の状態です。
触覚過敏というのもあります。パンツのゴムや下着のタグ、肌に密着する服、肌触りの悪い生地などがすごく気になってしまうものです。通常は肌に触れていても感じないような感覚を感知してしまうため、気持ちが悪くてたまりません。そういう人にとって、セーターとか毛糸のパンツを無理やり着せられると、大変なことになってしまいます。
感覚過敏は発達障害の症状のひとつとしてよく知られていますが、決して発達障害の専売特許ではありません。発達障害とは関係なく過敏さをもっている人は多いですし、いろんなことで気持ちが不安定になると増強します。統合失調症やうつ病に伴う場合もあり、片頭痛発作時に聴覚過敏や視覚過敏(眩しいのがつらくなる)が生じるのもよく知られています。不安の強さと感覚過敏には強い関連性があるのです。
さて、不安の強さは「嫌なことが頭から離れず忘れられない」性質と関連しています。人の脳は嫌なことは忘れるようにできていて、どんなに辛かったことでも、そのことばかり考えている時間はだんだんと短くなるものです。もともと不安が強い人や、さまざまな要因から不安・抑うつ状態に陥ってしまった人は、気になったことが意識の隅に追いやられるまでにかかる時間がものすごく長く、気になったことにいつまでもとらわれてしまいます。
HSCの人の特徴として「細かい変化によく気づく」というのがあり、相手の表情やしぐさ、声のトーンなどの微妙な変化にも気づきやすいため「人の気持ちや場の空気を読む能力に長けている」といわれます。しかし、実は過剰に反応しているだけで、正確に気持ちが読めているのかどうかはわかりません(自分以外の人が考えていることなんて、本当にはわからないものなのですから)。むしろ、過剰にとらえすぎるために、相手の気持ちを読み損ねてしまう場合だってあるはずです。
不安が強いと、新しいことにチャレンジするにも「うまくいかなかったらどうしよう」と考えすぎて二の足を踏んでしまいます。新しい場面になかなか慣れなかったり、変化を嫌がったりにもなりがちです。
このように、過敏さや強い不安は円滑なコミュニケーションの妨げとなり、自閉スペクトラム症とは本質的に異なるのでしょうが、表に出てくる現象(コミュニケーション困難、こだわり、新規場面への弱さ、感覚過敏)としては似たような感じになってしまいます。そのため「HSCも本当は自閉スペクトラムなんじゃない?」といわれる専門家もいます。このあたりは、これから議論が交わされることになるでしょう。
HSCも脳の性質のひとつであり、その辛さは、HSCではない人にはなかなか理解ができないものです。「なにを甘えているの!我慢しなさい」と叱るのではなく、子どもが感じている辛さを想像したうえで、少しずつ慣らしていくよう誘導するしかありません。感覚過敏は年齢が上がると一定程度は自然に緩和されていくものですが、どうしても越えられない一線があり、それを克服させる(する)のは無理というものです。ジェットコースターが苦手な人は乗らなければいいのと同じで、毛糸製品は着なければよいわけですし、音がうるさければ静かなところに行くか、耳栓をすればよい、今はノイズキャンセリングヘッドホンだってあります。味覚や嗅覚の過敏があって極端に食べられるものが制限されてしまうような場合(なお、偏食には触覚過敏も関連します)だと実生活に大きな支障がありますが、避けて通れば済むものはそれでよいのです。
いろんなことが過剰に気になって新しい場面に慣れにくいときには、少しずつ慣らしていくようにします。強い不安があるときに無理強いするとパニックを起こしてしまうので、スモールステップで少しずつ近寄ったり時間を延ばしたりしながら慣らしていきます。「不安は焦らず段階的に改善する」まさに急がば回れですね。
著者
著者 | 小柳憲司(コヤナギ ケンシ) |
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所属・役職 | 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 |
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師 | |
専門領域 | 小児科学、心身医学 |
主な著書 | 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社) 学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社) |
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