子どもの摂食障害(その1)神経性やせ症

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今回から2回シリーズで摂食障害の話をします。摂食障害とは「身体的疾患はないのに、食事が食べられなくなる状態」のことです。そう聞いてみなさんがイメージされるのは、いわゆる「拒食症」でしょう。マスコミなどでもときに紹介される「ダイエットのしすぎでガリガリにやせ、食べても吐くようになってしまう」あの病気です。もちろん、子どもの摂食障害も多くはそれにあたります。しかし、子どもの場合「それだけではなく、ちょっと不思議な摂食障害もある」というのがこの病気の注目点です。とはいえ、子どもの摂食障害でも中心にあるのはいわゆる拒食症ですから、今回はまずそれについて説明します。

拒食症は、医療現場では長らく神経性食思不振症とか神経性無食欲症と呼ばれてきました。しかし、最近は「神経性やせ症」と呼称されています。多くはダイエットをきっかけとして生じる疾患で、女性に多くみられます。
大まかな経過はこんな感じです。意図的に食欲をがまんして食べないでいると、人はだんだんと食欲自体を感じなくなり、食べなくて済むようになります。そのため、体重がどんどん減っていきます。子どもがそんな状態になると、家族はすごく心配して「どうして食べないの!」「もっと食べなさい!」と口やかましく注意するのですが、子どもは反発してさらに食べません。そうなると、家の中がギスギスし、子どもは食べたふりをしてティッシュに包んでご飯を捨てたり、食べてすぐトイレに行って吐いたりするようになります。

食事が入らなくなると、便秘になって腹痛をきたしやすくなったり、体が冷えやすくなったりします。また、体毛は増えるけど髪は抜け毛が増えたり、生理が止まったり、疲れやすくなったりするなどの体の変化が生じます。栄養が不足すると脳がまともに働かなくなるので、すごく考え方が極端になったり、気持ちが落ち込んだり、かたくなになったりもします。そのため、友だちとも普段どおりには付き合えなくなります。
この時点で「これはまずい、食べなくちゃいけない」と思ったとしても、食欲自体が落ちているから食べられないのです。それに、この病気の子どもたちは「食べたら太る、太るのは嫌だ!」という強い思いがあるため、不安で食べられません。また「ガリガリにやせてしまっているのに、鏡に映った自分の姿は太って見える」という認知の障害(自分の体型についての認識がおかしくなる状態)を呈するため、誤った感覚に引きずられて食べられないという一面もあります。

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こんな風になってしまうのは、もともとこの病気になる子どもたちが、自分に対して自信がなく、自分がどのように見られているかが不安で「自分は周囲から受け入れられていない」という気持ちをもっていることが関係しています。誰も自分になんか注目してくれない、でもダイエットして少しやせたら「最近やせたね、かわいくなったね」とみんなが声をかけてくれた。だから、もっと頑張ってダイエットしないと...と無茶なダイエットを続けるうちに、この病気に移行していきます。やせすぎて体が動かなくなったり、頭が働かなくなったりしたときに「ヤバい、どうにかしないと」とは思うけれど、そのときには、すでに思ったように食べられなくなっています。また「食べて太ると以前の私に逆戻りだ」と思うと、怖くてとても食べられないのです。

この病気の治療でもっとも大切なのは「食べなくちゃいけない」ということを理解してもらい、栄養を補給することです。栄養を入れ、体を立て直さないと何も始まりません。放置していると死に至ること、長引くと成長が阻害されたり骨が弱くなったり不妊の原因になったりするなど、さまざまな問題が生じることを説明し、食事の摂取をうながします。説明と説得で食事が進めばよいのですが、進まなければ入院です。「食べなくちゃ」とわかってはいるけど食べられない状態ならば、鼻から栄養チューブを入れて栄養剤を直接胃に入れる経管栄養を行います。

そのような栄養管理とともに大切なのが、自己認識を変えるためのアプローチです。「自分には何も取り柄がない、やせていないと自分は誰からも注目してもらえない」という強い思いに対して「そんなことはない。やせていてもいなくても、あなたには生きていく価値がある」と感じてもらえるように働きかけます。もちろん、特別な方法があるわけではありません。栄養管理や身体のチェックをしながら、日々の生活の小さな出来事に意味を見いだせるよう誘導するのです。そのような認知の転換作業を診療の中で積み上げていきます。

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治療によって一定量は食べられるようになりますが、食欲が回復し自然に食べられるようになるまでには年単位の時間がかかります。食欲が戻ってくれば、多くのケースで過食傾向になりますが、これは「十分な栄養が入らないため体は飢餓状態になっていて、栄養が入るようになれば、これまでの栄養不足を補うために食べ込もうとする」と考えればわかりやすいでしょう。治療がうまくいったケースでは、食欲が回復したときに、子どもは「これでやっと元気になれる」と安心してくれるのですが、うまくいかない場合には「こんなに食べたらまた太ってしまう!」と焦って、食べたあと吐くようになってしまいます。その状態が「排出型」といわれるものです。こうなると経過は長引き、なかなか回復できません。食べ吐きが続くと、体液の塩分バランスが崩れ、手足のしびれや脱力、不整脈などをきたすようになります。そして、それが死につながる場合もあるのです。

このように、神経性やせ症はスムーズに回復したとしても数年の経過がかかり、その間、学校に行けなかったり、やりたいことができなくなったりします。部活のコーチから「記録を伸ばしたかったらやせろ!」といわれてダイエットを始め、この病気になる子どもがしばしばいます。そうなると記録が落ちるだけでなく、競技自体ができなくなり、ひいては学校にも行けなくなる可能性があるのです。トップアスリートならいざしらず、中高生の部活レベルでダイエットを指導するなど危険極まりありません(ハラスメントです)。

つまり、この病気は治療よりも予防が重要です。家族や学校で周囲の大人が不用意に体型について指摘したり、ダイエットをすすめたりしてはいけません。子どもたちがダイエットに走らないように、やたらと細いモデル体型が健康的ではないことを正確に伝え、子ども自身のよいところをしっかり認めていきます。そのような日常の何気ない関わりが大切なのだといえるでしょう。

著者

長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 小柳憲司
著者 小柳憲司(コヤナギ ケンシ)
所属・役職 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師
専門領域 小児科学、心身医学
主な著書 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社)
学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社)
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