発達障害について(その3)注意欠如・多動症

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注意欠如・多動症(ADHD)は、この1020年でよく知られるようになった病態です。イメージとしては「落ち着きがなくて気が散りやすい子ども」ですが、よく考えると子どもはみんなそんなもので、3歳で落ち着いて集中力もある子がいたら、むしろ驚きです。なので、注意欠如・多動症という診断は、年齢不相応に落ち着きや集中力がなく、それによって社会適応上困難を抱えている場合に行われます。

最近は、しばしばインターネット上にあるチェックリストを自分でチェックして「自分はADHDだ」と言っている人がいますが、あのようなチェックリストは誰でも一定数はあてはまりますし(何もあてはまらない人がいたら、そっちの方が要注意!です)、チェックが多ければ「不注意な人なんだね」ということにはなりますが、診断がつくレベルというのは、もっと相当なものだと考えておいた方がよいでしょう。

注意欠如・多動症は、その名前のように、注意欠如(=不注意)と多動(+衝動性)が特徴です。不注意症状というと、とにかく気が散りやすく、集中して物事に取り組めない、授業中にボーッと外を見て空想にはまっている、忘れ物が多い、予定や約束をすぐ忘れるなどがわかりやすいですが、逆に何かにハマると集中しすぎて呼ばれても全然気づかない感じになります。また、片付けができない、時間を考えて活動できない(何時に約束があるから、何時までに起きて、何時までに準備して出かけるという段取りができない)というのも重要な症状です。これは、空間認知、時間認知に問題があるということを示します。

多動・衝動性の症状は、とにかくじっとしておれない、ちょっかいを出す、やたらと話しかける、話に割り込む、順番を守れないなどです。衝動性というと、すぐカッとして暴力を振るうようなイメージがありますが、衝動性が高い人がみんな暴力的なわけではなく、それはまた別の軸だと考えてください。

これらの症状があると、学校生活の中ではどうしても先生から「○○くん静かにしなさい!」「もっと集中しなさい!」と注意を受けやすくなってしまいます。ちょっかいを出すことで友だちとトラブルになったり嫌がられたりすることもあり、学校ではクラスメイトからバカにされることが増えます。授業には集中して取り組めないし、しばしば課題の提出を忘れるため成績も振るいません。そうなると、子どもの自己評価はどんどん下がり「自分なんて何をやってもダメ」という気持ちが大きくなってしまいます。それが「もうどうでもいい」というあきらめにつながると、イライラする気持ちを抑えることをしなくなり、カッとしやすくなったり、手が出やすくなったりするのです。

触法少年の中に注意欠如・多動症や軽度知的障害の子どもが多いという話を聞きますが、これは、注意欠如・多動症の子どもの基本的特性としてこのような傾向があるということではなく、自己評価の低下(=自己肯定感の低下)が影響しているのです。

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人は、脳にある神経細胞が興奮することによっていろんな行動を起こします。ただし、興奮のまま即行動するのではなく、興奮する細胞を上位で抑制(コントロール)する細胞があり、それによって行動が調整されるようになっています。コントロールする細胞が集まっているのが前頭前野といわれる部分で、前頭前野のコントロールがあるおかげで、人は人間らしい行動ができるのです。

子どもは前頭前野の発達が未熟なため、どうしても衝動的な行動が目立ちますが、成長とともに発達が進み、理性的な行動がとれるようになります。この前頭前野の発達に遅れがあるのが注意欠如・多動症だと考えればよいでしょう(もちろん、注意欠如・多動症の脳機能にはもっといろいろな問題があることがわかっていますが、前頭前野の機能不全が最もわかりやすいので、このように説明しています)。

ここで大切なのは、前頭前野の発達に「遅れ」がある、ということです。遅れは永続的なものではなく、成長発達が進めば取り戻せます。注意欠如・多動症と診断された子どもも、成長発達を促す働きかけによって変化していくことができるのです。「小中学生の頃は粗暴で落ち着きがなく手に負えなかったけど、大人になったらすごく落ち着いた」という人はいくらでもいますが、注意欠如・多動症の場合も同じで、小さい頃から継続して診察していると、高校生になる頃には別人のように落ち着く子どもにしばしば出会います。ただし、落ち着きのなさや不注意傾向は、その人の脳の基本的特性として存在するので、大人になっても「やっぱりおっちょこちょいだな」とか「忘れっぽい人だな」「話がまとまらないな」という感じは残ることが多いようです。とはいえ、自分でそのような性質を理解し、社会適応の障害にならないように工夫ができればよいわけです。とにかくメモを取る、言われたことはすぐやるなど、心掛けられることはいくらでもあるでしょう。

自分自身を理解し、適応できるように工夫するためには、ある程度の知的能力と「やればできる」という漠然とした自信(=自己肯定感)が必要です。知的能力に関しては、個人の特性なので操作できませんが、自己肯定感は周囲の働きかけでどうにでもなります。注意欠如・多動症の子どもは、放置しておけばうまくいかないことが増えるので、子どもの特性を見極めたうえで、集中しやすいような環境設定をする(周囲の刺激を減らす)、動きたいときにはしっかり動かしたうえで物事に取り組ませる、目標設定を高くしすぎず、その子の実情に応じた目標を立て、できるだけ褒めるようにするなどの取り組みが大切です。

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そのうえで、必要に応じて薬物療法を行います。現在、ADHD治療薬としては4剤が認可されており、神経を刺激したり働きを調整したりすることで、おもに前頭前野の機能を高めて症状を改善させます。注意欠如・多動症が社会でよく知られるようになったのは、このような薬物療法が開発されてきたからかもしれません。

日本で初めてADHD治療薬が認可されたのは2007年ですが、それ以来、学校でうまくいかない子どもが、学校の先生から「病院に行って薬をもらってきなさい」と言われるようなことも増えました。しかし、間違ってはならないのは「薬は脳機能を一時的に補助するものであって、それによって治るわけではない」ということです。

治療の基本は、あくまで状態の理解と環境調整です。薬は変化をもたらすきっかけにはなりますが、薬さえ調整すればどうにかなるなどと決して思ってはいけません。脳機能は適切な働きかけと成長によって着実に発達していきます。通常、小児科で使う薬は成長して体重が増えると量が増えていきますが、ADHD治療薬は成長とともに脳機能が発達しますから、体重が増えたからといって増量しなければいけないわけではなく、成長が進めば不要になることも多いのです。

シンプルな注意欠如・多動症の子どもは、そそっかしくて一言多い面はあるものの、基本的には人懐っこくて面白いことが多いものです。そして、一定の能力があり、いじけさえしなければ、成長とともに社会の中でちゃんと適応的に生活していけるようになります。関わる家族は大変な時期もありますが、明るい将来を思い浮かべながら付き合ってあげてほしいと思います。

著者

長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 小柳憲司
著者 小柳憲司(コヤナギ ケンシ)
所属・役職 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師
専門領域 小児科学、心身医学
主な著書 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社)
学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社)
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