起立性調節障害(その2)

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前回は、起立性調節障害とは何だろう?ということで、その病態や症状について説明しました。今回はその続きとして、治療や対応についてお話ししたいと思います。

「診断がつけば特効薬があって、それを飲めば治る」と、何となく期待しがちなのですが、起立性調節障害は残念ながらそのようなシンプルな病気ではありません。起立性調節障害は結局のところ自律神経の機能不全(うまく働かない状態)です。そして、自律神経の働きを整える画期的な方法というのは存在しないのです。そのため、基本的には「規則正しい生活を心がけながら、改善するのを気長に待つ」ことしかできません。バランスのよい食事と、適度な運動と十分量の睡眠、まあ言うなれば「あたりまえ」のことですが、それらに気をつけながら生活を続けるのがいちばん大切です。

食事に関して効果的だといわれているのは「水分をしっかり摂ること」です。水分が足りない状態を「脱水症」といい、脱水症になると、水分不足と電解質(体の中の塩分)の乱れが生じ、頭痛や気分不良が生じます。とくに起立性調節障害の子どもさんの話を聞くと、ちっとも水分を摂らない方が多いので、気をつけて水分を摂ってもらうようにします。水分を摂ることが循環血液量を増やし、起立時の血圧低下を予防するのです。

学会のガイドラインには「11.52ℓを水分として摂取する」と書いてありますが、これは「体重40kgくらいの人の1日の必要水分量がだいたい2ℓ。普通に食事を摂れば、そのうちの半分は食事で摂取できるので、残りが1ℓ。それに治療的意味を込めてプラス500㎖で合計1.5ℓ。起立性調節障害の子どもは朝食を摂らないことも多いので、食事の回数が減れば水分摂取量も減る。その場合には、さらにプラス500㎖で2ℓくらいは飲まないとダメだよ」という意味です。「あの大きい2ℓのペットボトルを1日で飲めるわけがない!」と思われるかもしれませんが、コップ1200㎖×110回と思えば、それほどたいしたことではありません。よく、このように説明しています。

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朝調子が悪いのは、寝ている間は水分を摂らないために、朝方脱水に傾いていることが影響していると考えられます。熱中症の予防と同じですが「寝る前にコップ1杯の水を飲んで寝よう」「夜中目が覚めたら水を飲もう」と指導するのも効果的だと考えられます(夜尿症がある子どもにはあまりすすめられませんが)。

水分とともに塩分は循環血液量を増やす働きがあります。そのため「塩分を摂りなさい」という指導をするのですが、これは「薄味好みの子にはちょっと多めに塩分を摂らせよう」という程度で考えてください。すごく濃い味にしなさいということではありません。

もちろん、食事については、水分や塩分だけでなく「バランスよくしっかり食べようね」という指導も大切です。

運動も重要です。ただし、これは「積極的にスポーツをして体を鍛えなさい」ということではありません。「普通に体を動かさないとダメだよ」「寝っぱなし、座りっぱなしで動かないのはやめてね」というものです。むしろ急に激しい運動をすると、翌日からしばらく動けなくなってしまいます。そうではなく「午前中具合が悪ければ休んでいてもいいから、午後からは登校しようよ」という程度の活動をすすめます。短時間でも家から出て学校に行くだけで、それなりの活動になるのです。とにかく「動かないこと」が起立性調節障害の大きな増悪因子ですから、寝っぱなしではなく、ちょっとした動きを積極的に入れていくようにします。もちろん、学校にいくのがおっくうであれば、散歩に出るだけでよいのです。

起立性調節障害では、立ち上がったときに血が足の方に溜まって頭までいかなくなるという話をしましたが、血が足に溜まらないために重要な役割をするのが下肢の筋肉です。歩くのが嫌なら自転車に乗りましょう。下肢に筋肉をつけるためのよい運動となります。

睡眠については、質のよい睡眠を十分な時間とることに尽きますが、睡眠に関しては次回に詳しくお話しすることにします。起立性調節障害の子どもさんについて言えるのは「朝はきつくて起きられないので、早起きにこだわらなくてよい」ということです。むしろ十分な睡眠を確保するために、朝はゆっくり寝かせておいて、午前中には起こすというのを目標にします。

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起立性調節障害の治療の基本はこのような生活指導です。お薬の治療もありますが、薬だけ出しておけばよいというものではなく、かならずこのような生活指導をセットにします。ただし、問題はこれが家で実践できるかどうかです。前回も述べたように、最近は共働き家庭、一人親家庭も多く、みんな仕事に行ってしまうため、子どもは一人家でダラダラしていることが多くなりました。適当な時間に起きて、適当にごはんを食べ(面倒くさくて食べない子どもも多いです)、ベッドでスマホをいじってゲームしたりYouTubeを見たりして過ごす、そうなると着実に生活リズムは乱れ、起立性調節障害も悪化していきます。そのため、家にいるとどうにもならない場合には、入院して生活を整えるようすすめます。生活の枠組みから変えてしまうのです。もちろん、無理やり病院に連行して閉じ込めるわけにはいきません。子ども自身もその必要性を認め「やってみたい」という動機づけがないとできませんが「このままではまずい、どうにかしなきゃ、でも自分ではどうもできない」と考えている子どもには、入院治療はとても有効な方法です。

起立性調節障害のお薬としてよく使われるのは、塩酸ミドドリンという交感神経に作用して血管の収縮をうながす薬です。この薬の服用によって血管内に血が溜まりにくくなり、起立性低血圧を予防できます。他には、自律神経を少しずつ整えるために漢方薬を使います。漢方薬は子どもがどのような症状を強く訴えるかによって、使用する薬を選択することが多く、めまいやふらつきが強ければ苓桂朮甘湯、頭痛がメインであれば五苓散や呉茱萸湯、倦怠感が強ければ補中益気湯などが使用されます。ただし、漢方薬は匂いや味の関係で飲めないことも多いのが難点です(一般に、漢方薬は美味しく飲める場合には、薬が合っているといわれます)。

起立性調節障害の多くは、このような生活指導と薬物療法を継続し、よくなっていく過程を認め、徐々に通常の生活に戻していくよう励ますことで改善していきます。ところが、起立性調節障害の一部には、なかなか改善せず、学校に行けないばかりか日常生活もままならなくなる場合があります。そうなると、子どもは「自分はいったいどうなってしまうのだろう」「このままじゃダメだ、みんなに後れを取ってしまう」と、不安と焦りを感じてしまいます。「これまで頑張っていたのに、頑張れない自分はダメな人間だ」と自責の念にかられ、抑うつ的になってしまう子どももいます。そして、客観的に見ると無理なことでも頑張ろうとしてしまうのです。学期の始まりだからといって、本当はきついのに朝から登校し、1日はなんとか頑張るけれど翌日からまったく動けなくなる、どうやっても昼からしか動けないのに、あえて全日制高校に進学し、1ヵ月くらいは頑張れてもGW明けになると動けなくなる、そんな子どもは珍しくありません。人は、いくらきつくても短期間なら頑張れるのですが、無理な頑張りは決して続きません。起立性調節障害の症状は、高校にさえ入ればどうにかなるというほど簡単なものではなく、決して気合いだけで乗り越えられるものでもありません。少しずつ、リハビリ的に体を慣らしていかないといけないのです。

「頑張ってもできない」を繰り返すと、人はだんだん自信を失い、抑うつ的になってしまいます。だからこそ、できないことを無理に頑張るのではなく「今の自分にできることをコツコツ続ける」ようにしなければなりません。そのように気持ちと行動を切り替えることによって、子どもは少しずつ自信を取り戻していくのです。

頑張って走り続けることが人生ではありません。そんなことをしていると、いつか人はエネルギー切れを起こしてしまいます。そうではなく、毎日無理なくできることを着実に続け「少しだけ」頑張ることが大切です。起立性調節障害の治療は、そのような人の「生きかた」に関わるものであるといえるでしょう。

著者

長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 小柳憲司
著者 小柳憲司(コヤナギ ケンシ)
所属・役職 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師
専門領域 小児科学、心身医学
主な著書 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社)
学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社)
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