起立性調節障害(その1)

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起立性調節障害という病名も、最近はずいぶんメジャーになりました。小児科的には以前からよく知られていたのですが、マスコミで取り上げられるなどして一般に広く知られるようになったのは、この10年ほどのことでしょうか。しかし、実はこの病気、わかっているようでよくわかっていないことも多く、正確に理解されているとはいえません。

起立性低血圧といえば「立ち上がったときに血圧が下がってクラクラするやつでしょう?」というのが想像しやすいと思います。「起立性調節障害=起立性低血圧」と理解している人もいるかもしれませんが、起立性調節障害は起立性低血圧の症状に加え、他にもさまざまな体調不良を訴える疾患です。立ちくらみ、めまい、頭痛、吐き気、身体がだるい、朝起きられない、車に酔いやすくなるなどが代表的な症状で、それらが朝から午前中に強く、午後になると改善します。また、集中力や記憶力が落ちたり、妙にイライラしたり、やる気が低下したりという精神症状もあり「大人でいう自律神経失調症?」いや「更年期障害に似てない?」と言われることもあります。

起立性調節障害は思春期に発症しやすく、小学生の5%、中学生の10%程度にみられます。思春期といえば更年期と同じように体が大きく変化する時期ですから、そのような体の変化に体の機能が追いつかず、いろんな症状が出てくるのだろうと考えればわかりやすいと思います。つまり、その症状はあくまで体の変化から生じるものであって、単に精神的なものではないということです。その体の異常を証明するために、近年は起立性調節障害の診断に「起立試験」が利用されています。つまり、起立試験で異常があることの証明が、起立性調節障害と診断する必要条件となっているのです。

起立試験は、簡単に言えば「安静臥床して血圧と脈拍を測定し、次に立ち上がって10分間、血圧と脈拍を測定し変化をみる」というものです。症状は午前中に強いので、検査も午前中に実施するよう定められています。しかし、起立試験で証明できるのは起立性低血圧や体位性頻脈(立ち上がったとき、血圧は下がらないが、やたらと脈拍が増える)などの循環器系の機能不全だけあり、起立性調節障害のさまざまな症状は、それだけですべてが説明できるものではありません。もっといろいろな自律神経や生体リズムの問題があるはずなのですが、それらはよくわかっていないので、とりあえず「起立試験を指標にしよう」と学会で決めているのです。そのため、すごく強い症状を訴える子どもの起立試験の結果がそれほど悪くなかったり、症状はずいぶん改善してきたのに、起立試験を再検してもちっともよくなっていなかったり、ということがしばしば起こります。起立試験は起立性調節障害の診断には必須だけれども、疾患の重症度を正確に反映しているわけではないのです。

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起立性調節障害は先ほど述べたように、思春期に入る頃から増加します。患者さんからは「この12年、身長が急に伸びているんです」という話もよく聞きます。また、男子よりも女子に多い傾向があります。更年期障害に似ているから女子が多いのか、起立時の血圧低下は下肢の筋肉量とも関係するため、筋肉量が少ない女子に多いのかはよくわかりませんが、バリバリ運動している筋肉質の子どもが発症することもあるので、筋肉量ですべてが語れるわけではないようです。なんとなく細身で背が高い子どもに多いようなイメージがありますが、決してそういうわけでもないのです。

多くのケースで発症日は明確ではなく、だんだんと調子が悪くなります。「この日に突然発症した」と言われる場合も、しっかり話を聞くと「よく考えれば昨年も同じ頃調子が悪かった」ということがしばしばあります。突然発症したように感じるのは、徐々に見え隠れしていた起立性調節障害の症状が、ある「きっかけ」によって急激に悪化したからです。季節や天候、睡眠不足や疲れの蓄積、感染症への罹患などが悪化のきっかけとなります。春から夏にかけての暑くなる時期に症状が悪化しやすいので「五月病じゃない?」といわれることもあります。また「低気圧が来たら頭痛がする」という人は多いですが、起立性調節障害の子どもも同様です。

毎日遅くまで勉強するので恒常的に睡眠時間が削られていた、夏場に部活を頑張って熱中症で倒れた、胃腸炎に罹患してしばらく十分に食事が摂れなかった、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症で高熱を出して数日寝込んだ、そんなことがきっかけとなり、症状が急激に悪化します。循環器系の機能は体の水分バランスに大きく影響されます。熱中症≒脱水症ですし、胃腸炎への罹患も体液のバランスを崩します。感染症で高熱を出すことは体を消耗させますし、なにより寝込んで「動かない」ことが起立性調節障害にはとてもよくないのです。

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健康な人を数日間実験的に安静臥床させると、高率で起立性低血圧の症状を呈するという報告があります。そのくらい、体を動かさないことは起立性調節障害を悪化させるリスクとなるのです。そのため、コロナ禍で一斉休校となった後、起立性調節障害の症状を呈して不登校になった子どもが増加したのだと考えられます。新型コロナウイルス感染症の後遺症といわれるものも、その一部は、発熱などの症状と10日間に及ぶ安静から、起立性調節障害が悪化したものである可能性があります。

起立性調節障害と不登校には強い関連があり「不登校児の3040%に起立性調節障害が併存する」という報告があります。これには、起立性調節障害で動けなくなり学校に行けなくなったというものだけでなく、さまざまな事情で登校できなくなったため活動性が低下し、起立性調節障害を発症したというものも含まれています。最近は共働き家庭や一人親家庭が増え、学校を休んだ子どもは、一日ベッドでスマホを触りながらゴロゴロして過ごすことが多くなりました。そのような社会状況が、この病気を増加させているともいえます。

起立性調節障害の症状は本当に辛く、中等症以上では頭痛や全身倦怠感(だるさ)が長期間続くため、とても学校での普通の生活は送れなくなります。そんな辛さを理解してもらえず「何をダラダラしているんだ、もっとしっかりしろ!」と叱られると、子どもはどんな気持ちになるでしょうか。かろうじて登校しても、きつくて授業中机に突っ伏していたら「寝るな」と怒られる。保健室に行っても「1時間したら教室に戻るか、家に帰るかしろ」と言われる。周囲の友だちの元気さについていけない。勉強する気にもならない。あれだけ頑張っていた部活にも行けなくなった。そんな状態になると「もう自分は生きている価値がない」「死んだほうがまし」と思っても、なにもおかしくはありません。

もちろん、すべての起立性調節障害の子どもがここまで追いつめられるわけではありませんが、周囲の理解がないと、子どもは容易にこのような状態に陥ってしまうのです。

起立性調節障害が心身症となりやすい理由は、このような不登校とのつながり、子どものこころに与える影響の大きさが関係しているといえます。
それでは、次回は起立性調節障害の続きとして、治療を中心にお話しします。

著者

長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 小柳憲司
著者 小柳憲司(コヤナギ ケンシ)
所属・役職 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師
専門領域 小児科学、心身医学
主な著書 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社)
学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社)
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