【特集企画】コロナ禍における子どものこころ(1年後)

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1年前に「新型コロナウイルス感染症が始まって、すでに2年近くが経過しようとしています」といって始まった本連載ですが、それから1年が過ぎてもいまだにコロナ禍は収束せず、むしろオミクロン株になって感染者は比較にならないほど増加し、子どもへの感染も非常に増えています。そのため、今度は子どもが感染の媒介者としてやり玉にあげられるようになりました。社会全体としては、行動制限にはそれほど意味がないことが明らかになり、制限が解除されつつあるのに、学校現場ではいつまでも無用な制限が課されたままになっています。もちろん、表向きは対外試合やイベントなど再開されることが増えてきましたが、いまだ学校によっては体育祭、文化祭の縮小や中止、修学旅行の延期や中止などがみられますし、給食における黙食なども継続して行われています。

食事は楽しく食べてこそ美味しいものなのに、黙食を強いられる、喋ると叱られる、これは大きな問題です。職場でも昼食中のおしゃべりが危険だということで、離れて食事を摂るなど工夫されていますが、ちょっと喋ったからといって叱られることはありません。しかし、子どもたちは喋ると先生から叱られ、先生の意向をくみ取った子どもたち同士で注意し合います。すると、だんだんとクラスの人間関係がぎくしゃくしてくるのです。子どもたちは学校で監視・管理されているのだということを理解しなければなりません。

行事の延期や中止の問題は「せっかく一生懸命準備してきたのに、それが無になってしまう」という無力感にあります。それは、周到に準備してきた子どもたちにこそ、大きなこころの傷となってしまいます。感染拡大によって延期になるだけならまだしも、延期、延期のうえ結局は中止ということになると、それによる無力感は計り知れません。無力感は「どうせなにをやっても無駄」という意欲の低下につながり、子どもたちの将来に大きな影を落とすのです。

政治家やマスコミは「大切な人のため」「おじいちゃんおばあちゃんの命を守るため」「医療崩壊を防ぐため」などの美辞麗句を並べてお茶を濁そうとしますが、それで子どもたちが納得すると思っているのでしょうか。実際に中止を決めるのは学校の管理職です。その理由も表向きは「子どもたちを守るため」「子どもたちの家族を守るため」なのですが、その裏には「批判されないように」「責任問題にならないように」という世論への迎合があるはずです。それも組織の管理者の立場として仕方がないのでしょうが、そういう大人の及び腰を子どもたちはとうに見透かしています。

挿絵

日本人の多くは、いまだに(どう考えてもマスク不要の場面でも)マスクをし続けています。これは「世間の目」と「自分自身の不安(社交不安)」によるのでしょう。学校という場は通常の社会よりも集団の目が厳しいところですし、それに先生の監視も加わるため、よりマスクが外せません。そして、そのうちマスクを外すこと自体が不安になるのです。

コロナ禍の前ですが、私が勤務している病院に長期間入院している子どもたちの中には、マスクが外せない子が何人もいました。みんなの前で素顔をさらすのが不安なのです。そういった子どもたちも、入院生活を通じて人と関わることへの自信を取り戻していくと、マスクを外せるようになっていきました。今の子どもたちは、それと同じなのではないかと思います。マスク生活によって、社交不安症(人との関わりに強い不安を感じる状態)が量産されているような気がしてなりません。

「マスクは感染対策に欠かせない」といわれますが、それもどこまで正しいのでしょうか。昔から「マスクは症状のある人が着けることに意味はあるが、健康な人がただマスクをしていても意味がない」といわれてきました。医療従事者が患者さんの飛沫を浴びないようにマスクをするのは合理的ですが、学校場面で(体育の授業以外)決してマスクを外してはいけないという指導に本当に意味があるのか、感染予防の効果と子どもたちの社交不安を高めるリスクに関して、感染対策の専門家の人たちには、もう一度検証していただきたいものです。

以前「コロナ禍で摂食障害が増加した」という話をしました。それは全国的傾向のようで、学会などでもしばしば発表されています。私が勤務している病院でも、コロナ禍になり着実に摂食障害の入院患者さんが増加しました。子どもの摂食障害には、いわゆる拒食症として知られている神経性やせ症(多くはダイエットをきっかけとして生じ、強いやせ願望や肥満恐怖を伴うもの)と、回避・制限性食物摂取症という、やせ願望や肥満恐怖がないものがあります。

コロナ禍で増加しているのはどちらかといえば前者の方で、休校や部活中止などに伴い、運動不足から体重が増えたことをきっかけとしてダイエットを始めた、家でネット上の動画を見る時間が長くなり、その中にある過激なダイエット動画が刺激になった、いろんなことが禁止されたので、自分が意欲をもって取り組めることとしてダイエットを始めた、などが増加の理由としてあげられています。ダイエットがすべて摂食障害につながるわけではありませんが、几帳面で執着傾向の強い子どもだと、ダイエットにハマりすぎて摂食障害を発症してしまいます。周囲の大人はダイエットの危険性についてしっかりと認識し、安易に体型のことを指摘したり、ダイエットを勧めたりしてはならないということを知っておかなければなりません。

家族団らん

不登校もコロナ禍によって増加しましたが、不登校の子どもさんの話を聞いていて感じるのは、コロナ禍の悪影響だけではなく、メリットについてです。オンライン授業の普及は、不登校の子どもの学習機会の保障に大きく役立っていますし、不安が強い子どもの人との関わりの手段としても利用されています。ずっとオンラインのままでいいとは思いませんが、社会と関わるハードルを少しだけ下げるという意味でオンラインは有用ですし、こういった技術を普及させる大きなきっかけを作ったのがコロナ禍だといえます。体調が悪くて高校になかなかスムーズに登校できないような場合でも、オンライン授業があったからこそ救われたという子どもがたくさんいます。実体験としての社会との関わりをなくさないように注意しながら、必要に応じてオンラインを併用する、この流れは今後も変わらないはずです。

コロナ禍もあと少しだといわれています。コロナ禍は私たちの生活を大きく変えましたが、その収束とともに元に戻るものもあれば、戻らないものもあるでしょう。すべての出来事には意味があります。今回のコロナ禍を、無意味な数年間だったと考えるのではなく、この数年の変化をプラスに捉えて、今後も前向きに生き続けていきたいものです。

著者

長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長 小柳憲司
著者 小柳憲司(コヤナギ ケンシ)
所属・役職 長崎県立こども医療福祉センター副所長兼医療局長
長崎大学医学部、長崎大学教育学部、佐賀大学医学部、長崎医療技術専門学校非常勤講師
専門領域 小児科学、心身医学
主な著書 身体・行動・こころから考える 子どもの診かた・関わりかた(新興医学出版社)
学校に行けない子どもたちのための対応ハンドブック(新興医学出版社)
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